第36回 雑記

ラブライブサンシャインの1期を視聴した。第4話には主人公のこんなセリフが登場する。

「一番大切なのはできるかどうかじゃない。やりたいかどうかだよ!

素敵なセリフである。自分のやりたいことに出会い、壁に直面しても折れることなく希望を抱いて進み続ける彼女達の姿は美しく、そしてあまりに眩し過ぎる。

希望は諸刃の剣だと思う。飛翔のエネルギーとなるそれは、絶望の際には位置エネルギーとなって容赦なく自分を地面に叩きつける。まどマギなどはその負の側面を克明に描いた作品であろう。

勿論飛ばなければ見えない景色は存在し、また何度地面に打ち付けられても這い上がる執念があれば、上記の問題は些末なことなのかもしれない。

そこで鍵となる最初のセリフに戻ろう。「自分のやりたいこと」は何なのだろうか。敷衍すれば、自分はどのような人生を歩みたいのか。春から社会人となる身だが、これに対する明確な答えは未だに出せていない。

間違えないことを求め過ぎるあまり、気が付いたら4年もの月日が経っていた。その間ずっと逃げるための言い訳を探していたような気がする。コロナ、進学振分け、資格試験、就職活動、卒論etc……分かりやすい理由を見つけては何処か安心した自分がいた。そして社会とはこんなものなんだと一人納得して、自分は己がやりたいことを見つけたのだと言い聞かせていた。これで良いのだろうか。

しかし、意識的にやりたいことを探すのは本当に難しい。本来無意識に選別するものを、現実における種々のバランスを踏まえつつ取捨選択していかねばならないからだ。恐らくもっと無邪気にフィーリングで決めていいのだろうが、自分にはその勇気が出さないでいる。

何時ぞやのブログで自分は安定を求めると記した。それは生活や金銭だけでなく主義信条など思考の面も包含する。考えの変化は、以前の視点の捨象に繋がる。それが過去の自分との繋がりを断つようで、どうにも嫌なのだ。成長として前向きに捉えられればいいのだろうが、不器用な自分には中々難しい。

アップデートしていく部分と、自分の芯として残していく部分。どう配分するのがいいのかはまだ暗中模索である。元インターン先の理事長は「人生は迷うな、されど考えよ」と仰った。私はこの言葉を「絶えず評価し、迅速に決断せよ」と解釈している。この先の道はまだ何も分かっていないが、分かるための努力はし続けたい。