第30回 砂嵐

さいころ、実家の布団で床に就いていた私は、よく耳鳴りを経験した。ザー、ザーというその音は、目を瞑った私には起床時のそれよりも敏感に感じられて、まるで砂嵐のようだと思っていた。意識を集中すると、気のせいか徐々に大きくなる砂嵐は、目を開けるとどこかにいってしまう。その得体の知れなさから、音がある一定の大きさを超えたらハッと目を覚ますのが当時は常であった。

 

しかし、子供の好奇心は往々にして恐怖心の先に立つ。中学2年生のある休暇、私はこの砂嵐の先を聞いてみることにした。

 ザー、ザー......ザー、ザー...... ザー、ザー......ザー、ザー......

 

まだ小さい。音が徐々に大きくなるのをじっくりと待つ。

 

 ザー、ザー...... ザー、ザー......ザー、ザー......

 

音の大きさが何らかのライン上にあるのを直観する。目を開けたい衝動を抑えて集中して目を瞑る。

 

  ザー、ザー、ザー、ザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザザザザザザザザザザザザザ............

 

気付いたら私は元の布団の中にいた。隣のリビングでは電灯がついたままであり、就寝前と何ら変わらない光景が広がっていた。ただ一つ、人の気配が全くしないことを除いては。

隣の部屋にいたはずの家族に呼びかける。しかし、返事はない。違う、声が出せないのだ。何とか声を出そうと喉に力を入れる。腹に力を込める。徒労だと気づくまでに時間はかからなかった。

次に何とか布団から起き上がろうとする。幸い、体は何とか動くようである。しかし可動範囲が恐ろしく狭い。数センチ持ち上げただけで動かなくなる四肢は、何度も布団と宙を行き来した。

周りの環境と体が異常をきたしている中、意識だけは鮮明であった。何とか立ち上がらねば。そんな焦燥に駆られ、体を無理やり動かそうとする。

床に押し付けた左腕に力を込めて、込めて、込めて――――――ぐるん

瞬間視界が回転した。まるで上からドスンと落ちたかのような錯覚を覚えて覚醒した場所はまた元の布団の中であった。体は、動く。眩暈のようなものを感じ、ふらふらとリビングに行く。母がちょうど明日の弁当を調理していた。

自分のいた寝室で何か違和感はなかったか尋ねるが、普段通りだったという。ただの変な夢であったのだろうか。しかし。「でもそういえば」母が付け加える。「あんたついさっきまで布団にもトイレにもいなかったんだけど、どこにいたの?」

 

かくして私は元の世界に帰ってきたのである。それ以来、砂嵐には遭遇していない。